そこが僕の悪い癖

5年ぐらい前はブルーレイディスク一枚で2,500円でも割り安に感じたものだった。それが今では10枚組で800円しない。近頃はテレビも2万円台で買えるし、ハードディスクを外付して録画ができるようになったことを考えると、わたしが今も使っている東芝のテレビ。20万、30万したのが信じられない。いずれ時代はメモリーだろうね。録画したデータ自体はクラウドにおいてそれを見るってことになりそうだ。

金田一耕助の傑作推理・悪魔の手毬唄 – わたしの好きなドラマ・レビュー

冒頭轟警部と一緒に金田一が亀の湯を訪れる。宿には磯川警部が待っている。東京から電話が宿にあって轟警部はとんぼ返り、本編から姿を消してしまう。豪華な出演者ながら、役者に気を使ってずたずたなドラマにすることなく推理ドラマとしてしっかりとした脚本になっていて、視聴者にとって何十年も楽しめる作品になったことに感謝。

時に、こういうベートーヴェンはいかが?! 切なげなドイツ人美人が写っていますが、ディーター・ツェヒリンは男性です。

メリハリも際立ったところも感じられない。とつとつとしたところもなければ、サラサラと流れていく音楽でもない。ピアノの響きもスタインウェイでは無いようで、淡彩の色合いで豊かなところもない。アーティスティックでも、テクニカルでも箸にもかからないものだというのに、なんだろう。この神秘的な魅力は。それでもカタログから落ちないのだから撰者たちにとっては捨て置けない録音であるには違いない。

今日の一枚目は、ブラームスのピアノ・トリオを準備。熊本は深夜に雨となって、ポトポトと雨音が壁を叩くのに競艶するのにふさわしいだろう。

シェリング、フルニエ、ルービンシュタインの当時の年齢は60,70,70。三人のその時演奏してみたかった曲だったのでしょう。だからブラームスの室内楽演奏に求められる中庸の美は、この奔放な演奏から享受はできない。